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ゴロスカ

狂人に相応しい終わりを迎えるまでの記録

覚悟していたつもりだった。想定以上にダメージが大きく引きずってる。いまだにこれが現実とは思えない。本当にほんの少ししか直接介護してないけど、爪を切って磨いたこと、リンパマッサージしてたこと、下の世話をしたこと、食事を作ったこと。その間に何気ない会話を交わしたこと。それら全てが嘘のよう。数週間前まで会話してた。今は遺骨。この現実を受け止められない。在宅介護の99%を瀕死の猫の世話と並行して弟がしてくれていた。プロの介護士さんや訪問看護師さんも驚くほど弟はタフな精神力の持ち主。最後の方は介護ベッドからすぐ側の簡易トイレに移るのも一人では出来なくなっていた。弟が買い物に行っている間、介助したけど休み休みやるのが精いっぱいだった。お尻を拭く、簡易トイレの掃除をする、それは別に辛くはなかった。それでもマスク二重だった。弟はマスク無しで平気でする。膿んでる箇所の塗り薬の張替もマスク無しで上手にする。俺は最初その箇所を見て吐きそうになった。最後まで慣れなかった。もっと母が食べたいものを作ってあげたかった。最期の在宅介護時、ふきが食べたいと言っていた。近所のスーパーでは旬を過ぎていて材料が入手できなかった。母は俺の料理を褒めてくれた。それは母に子供の頃から作ってもらっていたものばかりで、自然に自分もそういう料理を覚えるのが楽しかっただけで、味覚も含めてあなたのおかげなんです。弟の喪失感は計り知れない。弟のことが大好きな瀕死の飼い猫も遠からず天に召されるだろう。そうなった時どうしたらいいんだ。壊れないようにするしかない。

神奈川県警がまともになりますように

まだ書いてなかった自分の神奈川県警の経験を書く。堅気にも手を出す工藤会と徹底的に闘った福岡県警のトップが安倍政権の肝いりで神奈川県警のトップになったけど、浄化には時間がかかるでしょう。たくさんあるけどとりあえずいくつか。

1.暴力被害に遭って、交番に被害届を出しに行った。そしたら被害届を出すとどれだけ自分も大変な目に遭うのかと脅されて、被害届を取り消すよう強要され、仕方なく取り消すことにしたら、被害者なのに誓約書を書かされて指紋を取られた。

2.野毛で飲んでたら財布を盗まれた。桜木町駅前交番に遺失物届を出しに行ったらぞんざいな態度と言葉使いで、「たぶん出てこないと思うよ」と言われた。それが事実というかここの現実だとしても、警察官の立場として口に出してはいけない言葉だよね。そのことを神奈川県警の苦情先に書いたらすぐに本部から電話がかかってきて、本人はそんなこと言ったか覚えてないと言っていると。そりゃあ立場上そう言うだろうね。なんか担当者は謝ってはいたけど。まあ俺はマークされてるだろうね。もう今更どうでもいいよwちなみに半年以上経っても財布は出てきてません。もし自分が単に落としただけなら日本の遺失物が出てくる確率って凄く高いんだよ。でも出てこないんで確実に盗まれたってわかる。野毛ね、孤独のグルメのドラマでもある店が紹介されてて最近ちょっとした飲み食いスポットになってるけど、基本ヤバいとこなんで皆さん気をつけてください。知らない人に話しかけられたら注意。

3.昔、駐禁やって違反金の支払いとウィンドウに貼られたシール剥がして貰うために青葉警察署まで行った。そこで説教されるかと思いきや、自分のその時の境遇を聞き出されて、君のような神奈川をよく知ってる者にこそ神奈川県警の警察官になってもらいたいと勧誘された。神奈川県警の警察官は地方出身者が多くて、上手く対応できないからとか何とか言ってた。いくら断ってもかなり長々と説得された。

実経験だけでも他にもまだあるけどとりあえずこれだけ。こんなこと書いたら特定されるだろうけどどうでもいい。

東京に移り住んで驚いたのが、基本警視庁の方々は皆敬語を使うところ。それまで神奈川県しか住んだことがなかったので、警察官は一般市民に対してぞんざいな態度とため口を使うものだと思っていたから。普通に考えたら社会人として当たり前だよね。道交法違反者だろうが犯罪被害者だろうが単純な訪問確認だろうが神奈川県警の警察官みんな基本ため口です。勿論どんな腐敗した組織でも誠実にお仕事なされている人はいます。それは神奈川県警も同じだと思います。トップが変わってからなのかどうかわからないけど、交番の警察官が表に出て道行く住民に挨拶する光景を最近見た。神奈川県に30年以上住んでたけどそんな光景初めて見たwあと苦情言ったらすぐ本部の人から丁寧な口調で電話きたこと。怖くもあるけどねw散々横浜ヘイト言ってるけど首都の隣、人口第二位の地方自治体で自分の人生のほとんどを過ごしたところでもあるからまともになって欲しいね。ま、極右的屈折横浜ラブな人はそうなっちゃ困るだろうから無理かなw

お望み通り感情は消えかけている。痛み苦しみが日常当たり前。痛いのがほんの少しだけ楽に。苦しみも同様。まだだもっとだ。こんなんじゃ甘い。これから先の苦痛を受け入れられない。もっと日常事でもっと気持ちは楽になると感じなければ。まだ甘い。まだ抗うとする、回避しようとする恐怖、弱さが残ってる。痛覚と苦しみを受け入れるんだ全部。感情ももっともっともっと消えよう。田口くん、君は関係なかったのにな。君は賢かったのにな。まあそうだな、これだけじゃ不公平だよな同じ屑横浜民として。でもな、政治活動はするべきじゃなかったよ。だってお前そっち童貞だもん。みんな笑ってんぜ。ま、厨二病もあるけど地元から離れられない幸せ民だもんな。んー、お前誠実だよなやっぱ。だってここで実名晒してる奴らほんと屑すぎるのと舐められ過ぎて驚くわwあー、もーすっげ言いたい山口浩一郎君がどんだけ屑か。横浜民全員殺したいw

一人で街を歩いていると無意識に弟の姿を探している。弟に似た容貌の人を見ると縋る思いで近づいて弟じゃないことに気が付いて落ちこむ。心が無い俺は弟のために頑張るなんて出来るわけがない。この期に及んで自分の力の無さを見誤ってはいけない。自分に嘘をつける力なんて一つも残されてない。毎日何も用が無くても弟の家に行く。不在でも関係なく。自分から話してくれれば何でも話を聞く。頼まれごとは絶対に完遂する。この3つすらできないのだ。自殺はしないしできない。ヘタレもあるが母の最期まで生きようと闘った姿が目に焼き付いて離れない。自分の今の主治医は緊急入院させようとしてくれてるがそんなことどうでもいい。電話口で言ってくれた言葉は私達は何があってもあなたの味方だから自己否定するなだった。それが嘘か本当か仕事だからとかそんなこともどうでもいい。ただそれがマニュアルでもそれが医師としてまっとうなのだと思う。原田誠一は身内を同時に二人診た。かつ家族内の悪者探しを一緒にした。結果あいつを必要以上に追い詰めた他人だ。医師として以上に人間として何かが壊れている。いまさら告発も復讐もない。周りも自分も無くなった。これが俺の運命で運命に抗う力など一つも残っていない。俺のことなどどうでもいい。母と弟に地獄の苦しみを味わせる道理は他人のあなたには無かった。

そう、この先どんな死に方だろうが、ずっと苦しんで苦しんで苦しんで死ぬのが俺の運命だ。地獄行き、ろくな死に方はしない。母の地獄の苦しみと闘いを見てきた。あれ以上だろう自分の死ぬ時の苦しみは。想像を絶する苦痛で悲鳴すら上げられずそれで気絶してもまた気がついたら想像を絶する苦痛の繰り返しで終わるまで終わらぬ苦痛。 そして確実にわかる事はその時周りに誰もいないということ。不謹慎だが母が息を引き取る前日、もう意識がないけどそれでも家族が側に居る状況が一瞬だけ羨ましく思った。先に逝ったお前は俺を散々恨んでるだろうがな、お前が自ら先に逝ったことで訪れたあの地獄を、母のあの地獄の苦しみとの闘いと、その後の修羅場まで見届けたぜ。この先の更なる地獄がわかっていてもな、お前が見届けられなかったことを屑の俺は出来たんだ。自ら先に逝ったことでお前はもう俺より上じゃねー。同じだ。

異邦人

涙が出なかった。ひとすじも涙が溢れなかった。なぜだか異邦人のストーリーを思い出していた。感情が出ない。拾骨は一度だけして、後はずっと目を瞑って合掌していた。火葬場に棺が入れられる時も他の時も全て目を閉じていたか、口を開けて天井か壁の隅を無感情で見ていた。最後に棺に花を入れる時だけ、今まででのそういう場で初めて花のレイアウトに執心していた。花に関心持ったこと一度もないのに。花を美しいと思ったこともたぶん記憶に無い。やっぱり自分は狂ってる。最初からなのかいつからなのかわからないけど本当に狂ってる。だからこんな人生なんだ。誰のことも何も思えないのも情が無いのも人の気持ちが幾つになっても全然わからないことも。葬儀の日の夜にこんなとこでこんなこと書いてるのも。全部狂ってる。鬱だとかパニック障害だとかは途中からなった単なる精神症状に過ぎない。最初から根本的に狂人なんだ。だから幼児の頃から自然に自死願望があったのかもしれない。今まで周囲に守られていたんだ。もう誰もいなくなったから狂人としての結末を迎える。やっと迎えられる。壁の隅にそれが見えた。安堵と微笑。

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お通夜・ザ・ワタミ

すげえなあ。まさかとは思っていたが、いや数パーセント位はいくらなんでもねえだろうと思っていたが、本当に自分の気持ちを宥める励ますためだけの腰巾着共をたくさん集めたわ。母の葬儀なのに。ただの病死とかそういう事情じゃないし、弟も俺も疲弊しまくっているから親族だけでやる家族葬って葬儀屋さんの前でみんなで同意して契約書作ったのに。その翌日に勝手に自分の腰巾着共たくさん参列の手配して、俺が本気で怒ったら解釈の違いだとか金は俺が出してんだとか抜かしやがって、母の祖母からの少ない遺産で、初めに決めた親族だけの葬儀代は後から全額返すつもりだと伝えたら、完全無視でぼけたふり決め込んで。その腰巾着共は当然俺たち完全無視でワタミにおべんちゃらおべんちゃら。すげえなあ。気を遣って声をかけてくれる人もいたけどね。会社関係ならワタミに嫌われてる人だけが。あと数少ない親族はずっと弟の側にいてくれてずっと話してくれていた。その親族もワタミが嫌ってる人たち。ほんとすげえなあ、って思いしか出てこないよ。非人間のワタミみたいな奴だって知ってたけど、この期に及んでもザ・ワタミだとはさすがにもうすげえなあ、殺したいなあとしか思えなかったよ。実際想定以上の数の腰巾着共が来て俺たち完全無視でおべんちゃらおべんちゃらで騒いでるのを見た時、とりあえずザ・ワタミの首蹴ろうと動いたら弟が止めてくれたよ。弟みたいな本当のいい男は絶対いい女が見出してくれるよ。通夜中ずっとおかしかった。自律神経完全に壊れていて暑い寒い吐き気止まらない震えが止まらない呼吸困難自分も世界も何にも認識できなくなって、ずっとぜいぜい言いながら天井を見て口を開けてるしか自分が保てなかった。薬飲んでいるのにこんなに効かなかったこと初めてだ。葬儀屋さんが畳の部屋で横になることを提案してくれたけど頑張って耐えたよ。それにお坊さんの念仏聞いてたら自然と少し楽になった。凄いね念仏。でも念仏終わったらまたおかしくなったけど。通夜の時の会食?みたいな時も、腰巾着達に囲まれて上席で上機嫌で酒飲んでたよ。俺たちと数少ない親族は末席w親族だけがずっと弟の側にいて話していてくれてた。俺は発狂してワタミ殴り倒しそうだったんで、外に出て川辺で無言で佇んでいた。こんな時ってなんの感情も感傷も出てこないのね。今までの生活が全てなくなることもはっきり覚悟が持てた。弟さえ守れればいい。もっと全部感情消えろ。まあその腰巾着さん達もワタミが落ちぶれたらすぐに去るってわかってるけどね。仕事とは言え可哀想だなあとしか思わなかった。通夜に行く前こんな状態で自分が恐ろしいと主治医に連絡したら、今すぐ来て即入院させるから、無理してそんな葬儀出なくていい、あなたも弟さんも頑張ったんだから、いいから早く来いすぐ入院させるって言ってくれたけど、弟を一人にさせたくなかったから終わってから行くと返答した。あと家族の中でワタミだけが異常に横浜ラブで絶対横浜から動かない。俺の横浜嫌いは決してそれだけじゃないけどね。やっぱ極右的横浜ラブラブ愛してる民はすげえなあ。いや普通に生活してる横浜市民の方々をディスってるつもりはこれでもないんですけどね。まあそんな言い訳いまさらどうでもいいけど。あ、自分が体験した神奈川県警の汚鮮具合を下書きとして書いたけどタイミングを見計らってアップしますね。

明日は雨かー。明日は雨だね。やだな。誰とも会いたくない。身内だけで葬儀したかった。明日も明後日も雨かー。やだな。収骨耐えられるかな。吐きたくないな。いっそ大泣き出来たらいいのに。もう疲れて疲れて疲れて黒い堅苦しい服着て嫌だな。何にも固形物喉を通らないのに食べ物見るだけで吐きそうなのに。雨なんてやだな。泣きたいな。泣ければ少しだけ楽になれるのかな。なんで家族葬とみんなで葬儀屋さんの前で決めたのに勝手に仕事関係の人間たくさん呼ぶのかな。呆けた振りして自分の周りの腰巾着達をよぶことだけはきっちりやってんだよな。ほんと自分のメンツしか考えてないな。こんな悲惨な状況でも自分のメンツしか考えてないってあいつなんなんだだろう。何にも介護もお見舞いも手続きも何にもしなかったのに。なんなんだあいつ。あいつなんで家族作ったんだろ。養育放棄して何の情もないのに。あいつなんんなんだろ。空気読まない読めないアホが来るんだろうな。あいつにだけ配慮して俺たちの気持ち微塵もわからないアホが来るんだろうな。あいつを宥める励ます場じゃないんだけどな。まあボコろうかな。嫌いな奴多いし。黒服着るのもやめようかな。でも母に失礼かな。もう疲れて疲れて疲れて。あいつの周りの人間腰巾着の下品な人間ばっかりだもんな。栃木のヤンキー上がりの下品な屑とか着たらぼころうっと。あいつの顔に泥を塗ろうっと。もう今すぐ壊れそうなんだけどな。それが出来るほどの気力一つも残ってないや。壊れるな。やっぱり壊れるか。悔しいな。

見えない。あれ?なんかだんだん見えなくなってる。あれ?なんかほんとにちょっと今まで感じたことない感覚が昨日くらいから。なんかあれほんとに来ちゃった?自分が自分と認識出来なくなる感覚。あれほんとに来ちゃった?やっと本当に壊れちゃうのかな?まだ書けてるけど薬全然効かなくて自律神経めちゃくちゃ。暑いのに寒くて寒くて寒気止まらない。食べられない。全然食べられない。まだだよね。パニック障害とか鬱とかそんな感じとは違う今まで感じたことない感覚のおかしさ。いきなり崩壊自分が無くなる感覚がときたま襲われる。これなんすか。記憶喪失?あ、あのあれ、何とか崩壊?ガラパゴスじゃなくて何だっけオルタナティブじゃなくて何だっけ何とか崩壊。よく知らないけどこれまずくね。まだ1日の中でときたまだけどだんだん増えてね。これ何とか崩壊つてやつ?こういうかたち?こういうの何て言うの?統合失調?まだ書けてるけどあ、前兆?一時的?みんな爆笑爆死だろ?ドイツ語っぽい崩壊つてやつ?なんかストンと意識が消える感じがときたま昨日から。こういうかたちで来るんか。

ネコは言いたい

母が夜明け前、息を引き取った。なにかのおかげでリスクは回避できた。ナニカありがとう。母の願い、これ以上苦しんで死にたくない。と、神奈川では死にたくない(母の名誉のために言うと実際はそうではないけど、大変お世話になったので詳細は一生書かない)の二つを最後の最後ギリギリで叶えさせてあげられた。終末医療、緩和ケア治療の専門病院でたった一日だけだったけど、そこの方々は本当に苦しまないように最善を尽くしてくれた。死に顔は苦悶に満ちている表情では全くなかった。リスクとは移送中に心臓が止まるリスクだった。それでも母の最期の願いを果たすために、弟と二人で決断した。ナニカのおかげで移送中に亡くなることはなかった。娘が自死してそれでも末期がんの苦しみの中で全力で最後まで生きようと闘っていたあなたの姿は目に焼き付いてます。移送中のリスクと、どちらにしても週末を越せないことを医師として誠実に懇切丁寧に説明してくれた先生ありがとうございます。葬儀屋さんを待っている間、外はもう明るくて綺麗な青空で、自然にオヨネコぶーにゃんの「ネコは言いたい」を口ずさんでいた。あんな地獄の中で、ずっと苦しみ悲しみばかりの人生の中で、最後まで生きてくれて本当にありがとうございます。こんなことになったので言えなかったけど、あなたの子供として生まれて本当に幸せでした。ありがとうございます。

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週末持ち越せないかもしれないと医師に伝えられた。もう声をかけても反応がない。母の願いを果たすために弟と連携して決断した。時間がない中で十分に医師の説明を聞いた上で決断した。弟は泣きながら決断した。ずっと前から母に願われていたのに様々な理由で決断出来なかった。最大の理由は回復と延命にかけていたから。主治医の想定以上の早さで病状が悪化した。もうどこで天に召されるかを選ぶだけだった。もう母の意志は聞けない状態。俺たち身内がリスク覚悟で決断するしかなかった。だから母の願いを果たすためにリスク覚悟で決断した。あとは祈るだけ。何かはわからないけど何かに祈るだけ。これ以上苦しんで死にたくない、のが母が願っていたことの一つ。強くなりたい。強くなりたい。強くなりたい。弟のために。強くなりたい。強くなりたい。強くなりたい。もう何も考えない。何も考えない。何も考えない。昨日と同じく何かが乗り移ってるような。これが本当なら全て乗っ取ってくれ。俺の感情を全て消して今の為だけに、弟のためだけに動けるようにしてくれ。全ての感情を消してくれ。

ロボット。何かが乗り移っているような。乗り移ってください。どうして感情が完全に消えないんだろう。ロボットのように感情が消えればいいのに。感情が邪魔して自分の役割とか求められてることがわからない。感情があるからうつや不安に苦しむ。もうそんな段階じゃない。感情全部消えてくれ。

妹の葬儀は行わなかった。あんな状況で出来るはずがない。ただ斎場で火葬しただけ。火葬後の拾骨時、父は親より先に死んじゃだめなんだよ!何のために苦労して働いてきたんだ、こんな美人なのに、ばかやろう、と泣き叫んでいた。人前であんなに取り乱した父を初めて見た。俺は拾骨で初めて吐きそうになった。だけど懸命にこらえた。葬儀屋さんはとても綺麗に化粧をしてくれた。本当に妹は美しかった。綺麗だった。美人だった。若い頃、原宿や表参道を歩いていると読者モデルに何度もスカウトされてた。服が子供のころから大好きだった。ずっとお金がなかったので安くて可愛い服を探すのに研究熱心だった。美大ではかなり嫉妬を受けて最終的には孤立していた。またゼミの担当教員に虐められていた。それでも頑張って頑張って卒業したけど、頑張りすぎてうつ病になってしまった。もう就職する気力が全く残っていなかった。俺と違って人と交流するのが好きだったのに、うつ病になってからほとんど人と交流出来なくなっていた。部屋の整理をしている時、旅行パンフレットがあった。女性お一人様OKのページに付箋が付けられていた。それを見て泣かずにはいられなかった。鞄には木曜日のフルットのキャラ、カッパのアクリルキーホルダーが付いていた。ファッションと漫画と猫と美術が大好きだった。遺影はない。うつ病になって以降、笑顔の写真がないからだ。母への配慮もある。10年位前の飼い猫を抱いて微笑んでいる携帯の小さな画像を見つけた。それをプリントアウトしていつか弟に渡そうと思う。

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医師から6月は超えられないと伝えられた。もうモルヒネも効かなくなったそうだ。明日眠らせる薬を投与する。その後はもう母と話すことは出来なくなるそうだ。眠らせる薬が何なのかよくわからないけど、おそらく全身麻酔とかセデーションと呼ばれるものだろう。

父が遺言書の法的手続きをした。やっぱりね。化け物的生命力を持っていた父も遂に心折れたか。そんなことは別にいい。こうなることはわかってた。弟だけは生きて、幸せになって欲しいけど、心の底から願うけど、俺はもう生きるの無理なので何も出来ない。遺産放棄の手続きやらなんやらを弁護士さんにお願いしたかったけど、死ぬんだから別に関係なかった。もうただ祈るしかない。先祖に、守護霊に。俺以外のみんなを暖かく包んであげてください。

担当医から連絡があり、母はいつ心臓が止まってもおかしくない状態だと。病院に行った。意識はある。弟が側にいて、ずっと母の手を撫でていた。もう弟は母のためだけに全てを捧げてる。誰からの連絡にも応じないのは全て母の事だけに集中しているためだ。俺は柄にもなく祈った。他界した母の両親と産まれてすぐに亡くなった俺の姉に。どうか弟と母を暖かく包んでくださいと。俺はただ病室でしゃがみこんで、無言で祈り続けるしかなかった。父も来た。実家にも行った。一人でお留守番していた瀕死状態の飼い猫は懸命に生きていた。俺は泣きながら弟とずっと一緒に居てください、弟を守ってくださいと願うしかなかった。