読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゴロスカ

狂人に相応しい終わりを迎えるまでの記録

凹凸障害についての雑文1

自分はお喋りだ。子供の頃からとにかくお喋りだった。今でも変わらない。でも自分の本当の気持ち、思い、考えを相手に伝えることはとにかく苦手だった。それも今でも変わらない。幼稚園から小学3年まで学校に友達が一人もいなかった。それは別によくある話。幼稚園から小6まで学校で一言も喋らない子供だった。授業で先生に指されたら話す。でもそれ以外は一言も喋れない。友達と一応呼べるような間柄が出来ても喋れない。言葉が出てこない。決められたフォーマットから外れた日常会話がまるで出来ない。混乱して何も言葉が浮かんでこない。

厚労省のサイトに広汎性発達障害の特徴について簡単にいくつか記されている。あんな簡略化された説明にすら空笑いするほど完璧に当てはまる。何も可笑しくない。広汎性発達障害、別名凹凸障害。自閉症スペクトラム障害の一群。

例えばレインマンという映画でダスティン・ホフマンが演じた役柄。誰かの介助がなければ日常生活すらまともに送ることができない、誰でもわかりやすい超重い自閉症。なのに出来る領域に関しては人が天才と思うレベルで出来る。でもそれ以外は全く超がつくほど出来ない。誰でも理解しやすい超重い凹凸障害。じゃあそんな重くない人は凹凸がそれほどでもないって思う?凹凸障害。凸の部分に関しては人によって差がある。あんまり差がないのは凹の部分。いくらなんでもダスティン・ホフマン演じる役柄の人ほど凸な人はいない。そういう人は天才と呼ばれるから。人並みより少し出来る~人並み以下くらいまでの範囲が実際の凸の差。凹はほとんどみんな変わりなく、健常者から見たら信じられないくらいありえなーいくらい嘘でしょ!?なくらい出来ない。あの映画のダスティン・ホフマンほど出来なくねーじゃんって全員思うでしょう。一応文章書けてるじゃんって。俺もそう思ってたよ俺出来ることは人並み以下くらいは出来るじゃんって。だから俺単なる精神病だと思ってた。全く自分がそういう人間だって疑ってなかった。国立精神病院の医師も見抜けなかった。文章。そう文章なら自分の本当の思いや考え、気持ちを比較的表すことができる。でも口頭、スピーキングだと全く駄目。ライティングは推敲できる時間があるから?それもあるにはある。実際即時性を求められるライティングは超苦手。だからtwitterとかましてやlineなんて死ぬレベル。単に俺の凸の分野がライティングとリーディングなだけ。それだって人並み以下くらい。聞くのも超駄目。相手が何を言っているのかまるっきりわからないことが多々ある。それってどういうことかって言うと頭が固まってしまうのだ。ぎょっとすると身体が固まって動けなくなることあるでしょ。それと同じ。話すこと、聞くことが頭が固まって全く思考できなくなる。それが顕著になる(傍から見たら異常に見える)時が身体と同じぎょっとした時。凹凸障害を持つ人に多く見られる特徴の一つ。初めてのこと、機会、人、場所、経験に出くわすと文字通りな異常なほど委縮し、一切パフォーマンスを発揮できなくなる。て言うかもの凄く混乱する。レインマンダスティン・ホフマンのように。あそこまでわかりやすく外面に出さなくとも内面は狂乱状態。完全に思考がストップしちゃう。俺のような素人がどれだけ言葉を尽くしてもわからないでしょう。当事者になるか親しい人が身近にいない限り。それでも所詮人の想像力には限界がある。こういう分野を職業にしている人以外は。人は利害でしか動かないってことです。